大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和48年(う)2974号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人三名を各罰金二万円に処する。

被告人三名において、右罰金を完納することができないときは、金一〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は全部被告人三名の連帯負担とする。

理由

〈前略〉

検察官の控訴趣意について。

論旨は、要するに、原判決は、昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下本条例という。)三条一項但書三号は「交通秩序維持に関する事項」と掲記していても、その規制の趣旨、目的は単に道路交通法による規制の趣旨、目的である「道路における危険を防止し、交通の安全と円滑をはかるため」(道路交通法一条)だけにとどまらず、さらに広い視野に立つより高度のものであるから、本条例三条一項但書三号、五条違反の罪の罰則が、道路交通法七七条一項四号、三項、一一九条一項一三号違反の罪の罰則より重くても両者は牴触せず、本条例三条一項但書三号、五条は地方自治法一四条一項、憲法九四条に違反しないとしながら、「だ行進をしないこと」という許可条件の違反が問われている本件具体的事案における両者の規制の趣旨、目的、対象は結局において同一に帰し、両規制が重なり合う場合でありその場合に道路交通法が本条例の適用を容認するとしても、本件所為を処罰する場合には同法一一九条一項一三号所定の法定刑を超えて本条例の罰則が適用されることまで容認しているものとは解せられないから、その限りにおいて両者は牴触すると結論し、本件における本条例五条の罰則の適用は軽い道路交通法一一九条一項一三号所定の法定刑の範囲に限られるとして法令の適用をしたが、これは原判決が行為の評価の基準となる一般的規範としての刑罰法規と評価の対象となる社会的事実とを混同したもので、これによつて導き出された法令の減縮的解釈による罰則の適用は誤りであり、裁判による個別的な刑罰法規ないし法定刑の創設に等しく、罪刑法定主義の要請にもとり、憲法三一条に違反する、というのである。

よつて検討するに、そもそも道路交通法は「道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図ることを目的とする」法律であり(同法一条)、同法七七条一項四号は、「道路において祭礼行事をし、又はロケーションをする等一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為で、公安委員会が、その土地の道路又は交通の状況により、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要と認めて定めたもの」を規制の対象とするものであり、東京都においては、右規定により警察署長の許可を受けなければならない行為として東京都道路交通規則(昭和三五年公安委員会規則第九号)一四条はその一号として「道路において祭礼行事、記念行事、式典、競技会、仮装行列、パレード、街頭行進その他これに類する催しものをすること」、その他二号ないし九号として道路における広告、宣伝、ロケーション、映写、演芸、物の販売、印刷物の散布行為等を掲げているのであるから、東京都においては、右に掲げられた行為が道路において行われる場合が規制の対象とされており、規制の趣旨、目的とするところは、「道路における危険を防止しその他交通の安全と円滑を図る」こと以上に出づるものではないこと右法規の明文に照して疑のないところである。

他方本条例による規制の対象は、道路その他公共の場所における集会若しくは集団行進および場所のいかんにかかわりのない集団示威運動(以下集団行動という)であつて、学生、生徒等の遠足、修学旅行、体育、競技および冠婚葬祭等の慣例的行事をのぞく(本条例一条本文及び但書)ものである。かかる集団行動は、通常一般大衆ないし当局に対し、政治、経済、労働問題等に関する思想、主張等を訴えようとするものであり、かような集団行動特に集団行進および集団示威運動による思想、主張等の表現は、単なる言論、出版等によるものとは異なり、多数人の身体的行動を伴う表現の形態であり、多数人の集合体自体の力―一種の潜在的物理力―によつて支持されていることを特徴とするものである(昭和三五年七月二〇日最高裁大法廷判決、刑集一四巻九号一二四三頁参照)。本条例一条但書によつて学生、生徒等の遠足、修学旅行、体育、競技及び冠婚葬祭等の慣例的行事が道路における行進であるのに本条例の適用から除外されたのは、それらがいずれも前記の特徴つまり集団の潜在的物理力を背景として政治、経済、労働問題等に関する何らかの思想、主張等を表現するため行われるものではないからである。

次に本条例による規制の趣旨、目的を見ると、前記の如く、集団行動特に道路における集団行進及び集団示威運動は、多数人の身体的行動を伴う表現の形態であるから、平穏かつ秩序正しく行なわれない場合には、地域住民及び滞在者らの基本的人権ないし公共の安寧を阻害する危険があるところから不測の事態の発生を防止するために、本条例は、その三条ないし五条において、公安委員会が集団行動の許可をする場合に必要な条件をつけてこれを遵守させることとし、「公共の安寧を保持するため緊急の必要があると明に認められるに至つたときは、その許可を取消し又は条件を変更することができる」こととし、条件に違反して行われた集団行動の参加者に対しては、警視総監において「公共の秩序を保持するため、警告を発しその行為を制止し、その他その違反行為を是正するにつき必要な限度において所要の措置をとることができる」こととするとともに、条件に違反して行われた場合には、当該集団に対し支配力ないし強い影響を及ぼし得べき地位にある主催者、指導者又は煽動者の刑事責任を問うこととし、集団行動のその他の参加者の刑事責任は不問にすることにしていることに徴して、規制の趣旨、目的が公共の安寧保持にあること明らかである。

さて本条例三条一項但書は、許可の条件をつけることができる事項として一号ないし六号を列記し、その三号として「交通秩序維持に関する事項」を掲げているが、これは許可にかかる集団行動が公共の安寧を阻害するに至らないように、その方法、態様の面を規制することを道路交通秩序の維持に関連させて具体化したものであり、単に道路交通法の目的とするところの「道路における危険を防止し、交通の安全と円滑を図るため」だけにとどまらず、東京都が、「地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持すること」(地方自治法二条二項、三条一号)という地方公共団体の公共事務の本旨に従い、集団行動の非理性化による不測の事態の発生を未然に防止し、地域社会の公共の安寧を保持することを目的とするものであることは、本条例の上記各規定から明らかであるばかりでなく、同条例三条一項但書の三号と並ぶ二号の「じゆう器、きよう器その他危険物携帯の制限等危険防止に関する事項」、四号の「集会、集団行進又は集団示威運動の秩序保持に関する事項」、五号の「夜間の静ひつ保持に関する事項」等についても公安委員会の許可に必要な条件をつけることができるとされていることからも裏付けられているところである。

このように考えてくると本件の集団示威運動の許可条件として付されている「だ行進をしないこと」という条件は、道路交通法七七条三項によつても付することができるが、本条例三条一項但書三号の前記の趣旨、目的に従つて付されたものであり、これに違反して集団行動が行われるときは、勢のおもむくところ、警察官の規制を圧倒し、付近住民の住居、営業等の平穏、安全をも侵害するおそれのあることが本件においても例証されているように、その条件付与の趣旨、目的は、単に道路の通行方法に関する事項を規制し、道路における危険を防止し、その他交通の安全および円滑を図ることに止まるものではなく、さらに集団行動の非理性化により招来される地域社会の公共の安寧の阻害を未然に防止することにある点において、右の条件付与にかぎり、前記の道路交通法の各規定との関係につき、とくに異なる観点からの考慮を容れる理由はないのである。

以上要するに、道路交通法七七条一項四号、三項、一一九条一項一三号と本条例三条一項但書、五条とは、その規制の趣旨、目的ないし保護法益において前示の如く異なつており両者の間に牴触はないのである。したがつて本条例の右規定は、地方自治法一四条一項、憲法九四条に違反するものではないこと明らかである。たとえ、本件集団示威運動が本条例の規制対象であると同時に、それが道路交通法七七条一項四号、東京都道路交通規則一四条一号掲げられた「街頭行進」であるから右道路交通法の規制対象でもあるとしても、規制の趣旨、目的が、一方は要するに道路交通の秩序維持という観点に立ち、他方は地域社会の公共の安寧の保持という綜合的視野と観点に立つものである以上、両者の規制に軽重の差があるとしても、それはむしろ当然であり、その間に牴触は存しないというべきである。したがつて本条例三条一項但書各号の事項につき公安委員会が付した条件に違反した集団行動が行われたときは、その主催者、指導者又は煽動者に対して同条例五条の罰則が、そのまま適用されるものと解するのが相当である。

しかるに原判決が、本件集団示威運動について、「だ行進をしないこと」という同条例三条一項但書三号の「交通秩序維持に関する事項」に関して付された条件は、道路交通法七七条一項四号によつても同じく付され得る条件であつて、このような同一文言による禁止事項が本条例によつても道路交通法によつても可能な場合で、しかも「だ行進をしないこと」というような具体的な道路の通行方法に関する事項については、両者の規制の趣旨、目的が異なると解するのは相当でなく、むしろ重なり合う場合であると解するのが相当であるとし、したがつて、その条件違反を処罰するには、法律が効力において条例に優るから、本条例五条の「一年以下の懲役若しくは禁錮又は五万円以下の罰金」という刑は、道路交通法一一九条一項一三号所定の「三月以下の懲役又は三万円以下の罰金」の範囲に限縮して適用されるべきであり、刑種も禁錮刑を選択することも許されないものと解すべきであるとしたのは、本条例と道路交通法との両者の規制が別個の観点に立つものであるという前記判断と相容れないもので誤りであるといわなければならない。

結局原判決は、本条例三条一項但書三号、五条の解釈適用を誤つたものであり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、この点で破棄を免れない。論旨は理由がある。

弁護人の控訴趣意中、

第一点について。

論旨は、要するに、本条例三条一項但書三号の「交通秩序維持に関する事項」の関係では、本条例による保護法益である「公共の安全」の重大な障害ないし危機を招来するものは「道路における交通の著しい渋滞、交通混乱」でしかありえず、その規制の趣旨、目的、内容は「道路における危険を防止し、交通の安全と円滑をはかること」であり、道路交通法七七条一項四号、三項による規制の趣旨、目的、内容と同一であるから、本条例三条一項但書三号、五条は道路交通法七七条一項四号、三項、一一九条一項一三号よりも警告および即時強制権限の発動を容易にし、指導者等に対する重い法定刑を定める二点において法律の範囲を超えており、地方自治法一四条一項、憲法九四条、ひいて憲法三一条に違反し無効であるのに、原判決が本件の場合本条例三条一項但書三号、五条は道路交通法一一九条一項一三号所定の法定刑の範囲において適用する限り、地方自治法一四条一項、憲法九四条に適合するものとして、法令の適用をしたのは、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

しかし、本条例三条一項但書三号、五条は道路交通法七七条一項四号、三項、一一九条一項一三号に何ら牴触せず、地方自治法一四条一項、憲法九四条に何ら違反しないことは、すでに検察官の控訴趣意に対する判断において明らかにしたとおりであるから、論旨は理由がない。

第二点について。

論旨は、要するに、(一)本条例三条一項および三項の趣旨、文言等からみると、本条例は当該地方の公共の安寧(住民の生命、身体、自由、財産等の安全福祉)を保持することを目的とし、かつ、表現の自由としての集団行動と公共の安寧保持のための集団行動に対する制約との限界を「公共の安寧に対する直接かつ明白な危険の発生」に求めていることが明らかであり、このことは本条例四条による強制措置等の警察権限の発動に対しても「公共の秩序を保持するため」という要件を付していること、また現に本条例三条一項但書各号で付される許可条件のうちには、必ずしも右の公共の安寧保持と直接関係のないものもあつて、許可条件違反の集団行動であつても、付された許可条件の内容、行動態様の如何によつては当然には本条例の保護法益である公共の安寧に対する危険が発生しない場合もあり、この場合にも一様に本条例五条をもつて罰するのは憲法二一条に違反する結果になること等からも結論ずけられるから、都条例三条一項但書三号の許可条件に違反し同五条に該当する罪は公共の安寧に対する直接かつ明白な危険の発生が不可欠の構成要件要素とされる具体的危険犯であり、本件集団示威運動によつて右の危険の発生があつたと認めることは不可能であるから、被告人らの本件所為は本条例三条一項但書三号、五条に該当しないのに、原判決が右罰条該当の罪には右のような危険の発生を要するものではないとして被告人らを有罪としたのは該当罰条の解釈適用を誤り、ひいては本件の具体的危険性の不存在について事実誤認をしている、(二)本件集団示威運動の目的、動機、組合運動としての正当性、いわゆる安保条約自動延長をひかえた時期の重大性、集団示威運動の全過程、全状況等の諸情況からみて、本件集団運動中のわずか数分間のだ行進には可罰的違法性はないのに、原判決が被告人らを有罪としたのは判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認ないし法令適用の誤りをしている、というのである。

よつて考えてみるのに、

(一)  本条例三条一項但書三号によつて付される集団行動の許可条件は、その付与の権限を公安委員会に託する等集団行動による表現の自由の行使を尊重しながらも、他面集団行動が平穏に秩序を重んじて表現の自由を行使すべき本来の範囲を逸脱し、公共の安寧を阻害する非理性的行動に走る危険を防止するために付されるのであり、この条件に違反することは集団行動の非理性化の歯止めを排するものでそれ自体違法なものとされるべきであるから、条件違反の集団行動を指導することによつて本条例五条違反の罪は成立し、現実に公共の安寧に対する具体的危険が発生することを要しないと解すべきである。これを必要とする所論は、明文上の根拠に乏しいこと、集団行動の許否の基準を定める同条例三条一項、集団行動の許可の取消、許可条件の変更の要件を定める同条三項、本条例違反の集団行動に対する警察権限の発動についての要件を定める同四条の各規定が存在することから、これらの場合と判断の場面を異にし、事後的に同五条違反の罪の成否を判断する場合にも、前記各規定に定められるものと同じ基準、要件を犯罪構成要件に含ませて考察しなければならない必然性はないこと、同三条一項但書によつて条件が付与されるのは集団行動の非理性化による公共の安寧に対する侵害の危険を防止し、一般公衆の利益が行き過ぎた表現の自由の行使によつて不当に侵害されることに傾斜することを避けるためであること(もちろん付与される条件は必要と認められる適法なものであることが前提である。)等からいつて、これを認めることはできない。原判決のこの点の判断も結局当裁判所と同一結論であつて、論旨は理由がない。

(二)  原判決挙示の証拠を検討してみるのに、これによつて認められる本件集団示威運動の経過、態様、とくに本件の集団示威運動においては、順行車線一ぱいにだ行進がしばしばくり返され、対向車線に進入することもあつたばかりではなく、時には警備の警察官らの規制を圧倒し、街並の歩道上にこれを押上げ、あるいは警備中の警察官を付近の工事現場の壁に押しつける等、歩道の通行はもとより、付近住民の住居、営業等の平穏・安全をも侵害するおそれのある状況にあつたことから考察すると、被告人らの動機、目的がどのようなものであつたにせよ、平穏で秩序を重んじてされるべき表現の自由の行使の範囲を著しく逸脱したもので、被告人らの所為が本条例五条、三条一項但書三号によつて予想された可罰的な違法性を欠くものとは到底認められず、原判決には所論のような違法はなく、論旨は理由がない。

第三点について。

論旨は、要するに、被告人らの本件集団行動の目的は、単に政府に対し安保条約自動延長に反対することを求めたものではなく、被告人らの使用者である東京都に対しても安保条約を起因とする被告人ら水道労働者の労働条件改悪の阻止を求める目的があつたもので、被告人らの本件所為は正当な組合活動であるのに、原判決が被告人らの所為は使用者である東京都に向けられたものではなく、直接一般公衆の利益と衝突するおそれのある道路において行われたものであるから、刑事免責を与えられないとして、被告人らの罪責を認めたのは、事実を誤認し、労働組合法一条二項、刑法三五条の解釈適用を誤つたもので、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

しかし原判決挙示の証拠によると、被告人らの本件集団示威運動の目的は、もつぱらいわゆる日米安保条約の自動延長反対の為めであつたと認められるのであつて、たとえそのことがひいて被告人らの所属する東京水道労働組合員らの利害に関係するとしても、通常一般の市民が同一行動をとつた場合にもたらされる利害関係と何ら選ぶところはないのであつて、単なる政治活動以上に労働組合活動と認めるに足りず、かりに労働組合活動であつたとしても、公共の安寧を阻害する危険のある原判示の所為に出ている以上正当な労働組合活動とはいえず、いずれにしても違法性を阻却するものではなく、原判決も結論において同旨であり、所論のような違法はなく、論旨は理由がない。

よつて刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、当裁判所において更に次のとおり判決する。

原判決が適法に確定した事実に法令を適用すると、被告人らの原判示の各所為はいずれも刑法六〇条、本条例五条、三条一項但書三号に該当するから、所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内で、諸般の情状を考慮し、被告人らを各罰金二万円に処し、右罰金を完納することができないときは刑法一八条により金一〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置し、原審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文、一八二条により全部被告人らに連帯して負担させることとし、主文のとおり判決する。

(田原義衛 吉澤潤三 小泉祐康)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例